2013年05月31日

病んでいく体・・・

8月の最後の日曜日、スポーツクラブで姉を見つけたので昼食に誘った。
「この前おごってもらったから、今日は僕がおごるよ、大貫のラーメン食べに行こう」
大貫のラーメンは尼崎ではいちばん美味しい、小さい時によく母に連れてきてもらった記憶が残ってる。
「調子はどうなの」
「最近スポーツクラブ行ったあと2,3日は動けなくなるぐらいしんどいの、前はこんなことなかったのに」
「ぜったいに無理はあかんよ、一週間に1回ぐらいにせな」
「ここのラーメン、美味しいね」
姉と二人での食事はこれが最後になった。母に聞くと、最近はほとんど疲れて寝ているらしい。
それでも、スポーツクラブが生き甲斐だといって、出かけるらしい。

9月に入り、姉の体調不良が続いた。
母が電話してきた。
「あかん、またお腹が大きくなってきた、便秘も・・・・・・」
「先生はどない言ってるの」
「もう手術はできないし、風邪だけは引かさないようにって」
そんな体でも姉はスポーツクラブへ通い続けた。
誰にも止められなかった、彼女の生き甲斐なのだから・・・・・・・
9月26日、小学校1年の右京の運動会、姉が母と見に来た。
かなりしんどそうな顔をしていた、母と並んで、右京に声援を送る姉を見て、ふと、これが見納めになるんじゃないか・・・そう思った。
母と娘・・・・いろいろとありすぎた・・・・
高校2年から悩み始めて、その後20数年共に悩みぬいた人生、あげくの果てが末期がん・・・・
神様はなんという悪戯をするのだ。

続く

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posted by こやまっち at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

大混乱・・・

銀行が破綻するのは金曜日と決まっている。
預金の解約で客が殺到するから、その準備、支払い資金の確保が必要だからだ。
その日の夕方に本部から6億円が運び込まれた、ジュラルミンケースの万冊の束を確認して、業務課長と一緒に大金庫へ格納した。
もう金という感覚は全くない・・・
土日は全員出勤して、顧客へ預金全額保護されてるから、あわてて解約しなくていいと電話しまくった。
励ましの声、罵声・・・・いろいろあった。。

そして、運命の月曜日を迎える、テレビでいつも見てきた光景だ、客が殺到する・・・・
通常3つの窓口を8つに増やして、二階にも待合室を設営した。
午前9時シャッターが開く・・・・
待ちわびた客が窓口に一直線にどっと押し寄せる。
みるみるうちにカウンターが客で膨れ上がる・・・・
まるで取り付け騒ぎだ。
「まだかー」「どれだけ待たすんや!」「ええかげんにせいや!」次々と罵声が飛び交う。
「申し訳ございません、精一杯処理させていただいてますので・・・」頭を下げるしかなかった。
窓口には「絶対に間違えるな、スピードは二の次、確実な処理を」と指示していた。
客はとぎれることなく、最後の客をさばき終わったのは午後4時。
誰も食事にいけなかった、嵐のような1日が終わった、3億円が1日で解約になった・・・・・・
当然、夏休みは飛んでしまった。

週末気分転換もかねて、スポーツクラブへ、姉を見つけた。
「銀行たいへんだったね、ねね、この前エアロビクスもやったよ、先生かっこいいの!」
「へー、エアロも挑戦してるの?すごいなあ、むりしたらあかんよ、そうそう、明日温泉でも行こうか?僕も気分転換せんとやってられない」
「行こう、行こう!右京君も一緒ね!」
翌日、姉と右京を愛車レガシーに乗せて、淡路島パルシェの館へ行った。
ハーブ園があり、温泉もハーブ主体で檜の湯とか、こじんまりしているが、露天風呂もありけっこう楽しめた。
昼食もハーブソースのステーキとかけっこう女性に人気がある、姉はジャスミングッズを買っていた。
帰りに淡路サービスエリアで休憩、明石大橋の絶好のビューポイントである。
右京とはしゃぐ姉を見ていて、この光景はもう見れないんだと・・・・
明石大橋をバックに写真を撮る、そういえば姉と二人でとった写真がない。
「右京、写真撮ってくれる?わかるか?ここ押すんやで」
「うん、わかった」
「パパ、撮るでー、ともちゃんも、ハイ、チーズ」姉とVサイン!!
これが最後の写真となってしまった・・・・(この写真が今も見当たらない)

PART2 完

次回からPART3になります。
内容は重くシリアスになりますのでご容赦ください。

1998年11月22日伊勢志摩旅行出発の朝 実家にて右京と姉

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posted by こやまっち at 23:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月29日

暗雲、そして・・・

姉の病気の進行とともに6月に入り、私の銀行の経営に暗雲がたちこめてきた。
5月に不正融資の特別背任罪で元頭取、専務が次々と逮捕されたのである、新聞雑誌は連日のように書き立てる、ニュースステーションでもとりあげられる。
父母も心配して「銀行大丈夫か?」と電話してきた。
ボーナス預金シーズンなのに、預金の引き出しは止まらなかった、本部からはどんなことをしても預金を集めろとの指令が出る。
もう正常の銀行ではなかった、生き残りのためなら何でもする。
そして、遂にK支店の支店長、次長が逮捕された。新聞の一面を飾る、ニュースのトップニュース・・・・・・・
現場の支店長たちが皆震えあがった・・・・次は俺かも・・・・
すべて本部の指示でやったこと、たまたま支店長だっただけである。

ある日、支店長に呼ばれた。
「人事から連絡があって、転勤の打診が来ている、昇進らしい、どこに行くかわからん」
「・・・・今頃の辞令なんて、おかしいですね、しかも昇進!?」
その10日後、私の転勤辞令が出た、副調査役に任じK支店営業課長を命ず!
K支店と言えば支店長、次長が逮捕された店・・・・・
なんでこの私が・・・・・
おそらく誰もが一番転勤したくない店だった。
転勤してから1ヶ月は地獄の毎日だった、当然暗い雰囲気の店、お客様の風当たりも強い、明るい雰囲気作りが得意の私もさすがに戸惑った。
新支店長と協力しながら、預金の流出も最小限に食い止めた。
しかし、逮捕者は続いた、もうだめだ・・・誰もがそう思った・・・
株価も危険水域を超え、幹部行員には買い支え指令が暗黙で出た。
私は金欠だったので、母に頼み込んで買ってもらった。
「紙切れになるかもしれん、ごめん、助けて・・・」
「あんたの言うことなら」母は二つ返事で受けてくれた。

そして・・・

1999年8月6日(金)、その日も顧客に銀行は大丈夫ですと説明しに奔走していた。
4時に帰店すると、みんなの様子がおかしい、元気なくボーっとしている。
「どないしたん、何かあったんか?」
「さっき、ニュース速報で銀行破綻が流れた」
「えっ・・・・・・・」
銀行が倒産した瞬間だった・・・・・・・まして、自分の勤めている会社が・・・・・・
母になんと言えば・・・私もピーク時時価1000万あった持ち株が紙切れになった・・・・
それよりも私を信じてくれたお客様に何と説明すればいいのか・・・・・・

全身の力が抜けていった。

続く
posted by こやまっち at 23:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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