2013年06月04日

それぞれの思い

父へは母が連絡した。
声の出ない父は「・・・・・わかった」と独特のこえで答えた・・・・
実家で葬儀をすることになったので、父と妻、私の長男、次男は家の片付けに入っていた。
姉の帰宅の用意ができたのはもう22時30分だった。
静かに病室を出る、途中公衆電話で女性が楽しそうに電話をしていた。
でも姉の姿をみて、顔が引きつってしまった。
病院を出る場所は地下室だった、おそらく、普段は使うことのない専用の出口なのだろう。
担当医師、看護婦が丁寧に頭を下げて、お別れをした。
葬儀屋の寝台車で姉は実家へ戻った。

家は几帳面な父が着々と葬儀の準備にとりかかり、きれいに整理整頓されていた。
姉は座敷中央へ運ばれた。
長男にお別れをしなさいと、言うと彼は一目散に玄関を出て行った。
長男は一番姉に可愛がってもらった、だから変わり果てた姉の姿に彼には信じられないことだったと思う。
しばらくして帰ってきた長男の目は真っ赤だった・・・

葬儀屋を呼んで、あまりにてきぱきと事をすすめる父に母が切れた。
「病院に一度も来ないで、なんなのよ・・・・・・」母は泣いていた。
父はばつがわるそうに、ただ、母の横で立ったままだった。
母は一着の着物を持ってきて、葬儀屋に頼んだ。
「これを着せてやってください・・・」姉が成人式に着た振袖だった。
嫁ぐこともなく、晴れ姿を見せることのなかった姉への母の精一杯の気持ちだった。
通夜には姉の高校時代の友人男女8名が来てくれて、夜遅くまで姉の昔話で盛り上げてくれた。
姉にはこれだけの友人がいたんだ、なのにどうして心を閉ざしたのか・・・・
葬儀は母の意向もあり、導師3人、盛大で立派な葬式となった。
最後のお別れとなった、私も花を姉の胸元へ捧げる。

その時、父を見た、父の目に涙があった。

父が泣くのを見たのははじめてだった。

姉をいちばん可愛がっていたのはおそらく父だったかもしれない・・・・

父と娘、言葉ではお互い敵対していても、本心はお互いを求めていたと思う。

葬儀はとどこおりなく終了した。

PART3完

次回はPART4(最終章)です。

昭和37年12月母31歳、知子7歳、敦也4歳 @宝塚と記してあった。
もちろん私は記憶がない。


tomoko17.jpg
posted by こやまっち at 23:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。