2013年06月20日

下肢静脈瘤手術記 カルテU 手術

8月10日(金)
睡眠薬のおかげでよく眠れた、でも下剤は効いてないようだ。
10時「小山さん、お通じあった?」
「ないんです」
「浣腸しましょうか?」
「え・・・しないとあかんの?」
「手術前は皆するんですよ、術中にでたら困るでしょ」
「はあ・・・・」
子供に帰った気分でお尻を突き出して、気持ち悪いー・・・・ 
「できるだけ我慢してからトイレに行ってね」
「30分ぐらい、我慢したらいいんですか?」
「我慢できないと思いますよ」
そしたら何と1分もしない間に、強烈な気分に・・・・せめてカップヌードルぐらいは我慢せんと・・・ 
5分我慢して、駆け込んだ・・・・・
が浣腸液だけ出て、本体はでんかった。

12時50分、「小山さん、いきましょうか!」
「はーい・・」
看護婦のMさんが呼びに来た、いよいよだ。。
T字帯とバスタオルをもってナースステーションへ行く。
「歩いていきましょうか!」ベットに乗っていくと思ってたので、肩すかし・・
専用の直通エレベーターで、2階中央手術部へ、入り口でハニーと母と別れる。
「がんばってねー」
「あいよ」
大病院なのででかい。中で手術着(あの緑のやつ)とネット帽子を渡される。
下着は全部とって手術着を着る、ストレッチャーに乗る、M看護婦とここでお別れ
「待ってますからね」
手術室は8部屋はある、Hという手術室へ、女性スタッフ3人がお出迎え!?
執刀医に会釈、副部長と二人でやるらしい。手術台に乗り換え、手術着を胸までずらされる。
手際よく、心電図、脈拍等計器がとりつけられる。右手の甲に点滴の針、これが一番痛かったかな!?
失敗して付け直し、おいおい、頼むでー・・
「えびの体勢になってくれますか」
「こうですか・・」
ここで副部長「小山さん、いよいよ手術って感じでしょ」
「テレビドラマみたいっすね、でももうあきらめてます」
麻酔の麻酔が背中に数箇所打たれる、これは痛くない。
そして、麻酔液が脊椎に注入された、にゅるっと鈍痛が走る。
次の瞬間、腰があたたくなり、足先が温かくなって、しびれてきた。
1分後には胸から下が動かなくなった。
失礼な言い方だが、下半身不随になるとこうなるのかなと思った。
スタッフが脱脂綿を胸とおなかにあてて、感じるか(冷たいか)どうか確認する。
「先生OKです」
「おしっこの管挿しますよ」
痛そうだが、もう感じない。胸から下は隠され、緑色の布が置かれていく。
とたんに気分が悪くなってきた。
「麻酔で血圧が下がっているので、薬を投与しますから、大丈夫ですよ」
常に一人私の近くに居る。終始意識があるのは変な感じ、気が付くとBGMがなっていた。。
口には酸素吸入器があてられた、らしくなってきた・・・ 
もう切開は始まっているのだが、何も感じない。
「気分はどうですか」
「だいぶ、よくなりました、手術室って音楽鳴ってるんですね」
手のしびれは回復したので、脇腹を触ってみた、まるでゴム人間、感覚がない!?
私の視線は、真上のでかい照明を見るか、横の心電図、脈拍を見るしかないようだ。
血圧はしょっちゅう測っている。どれだけ時間がたったのだろうか、さっぱりわからない。

突然、副部長が「小山さん、もう一ヶ所だけ、切りたいんだけどいいかなー?1センチぐらい」
おいおい、そんなこと術中に言われても、返事のしようがないじゃないか・・・・・
「もう、やっといてください」
「わかりましたー」
それから30分ほどして「小山さん、もう終わるからね」といってからも終わる気配なし!?
30分ぐらいして、「終わりましたよ」とスタッフが耳元で。
胸に置かれたものはすべて外され、足は包帯でグリグル巻きに、点滴と尿管は入ってるみたいだ。
手術台からストレッチャーに移動、電動式で動かなくてもよくなっている。
入り口でM看護婦がお迎えに「小山さん、がんばりましたね、お疲れさま」
病室のベットに乗り換え、これも自動式。
横には次の手術なのか、小学生低学年の女の子がしきりに泣いていた。。
手術室を出ると、ハニー、子供3人、母がいた。
「今何時?」
「3時40分」
「えー、2時間30分も入ってたんか!?」

病室へ戻る、昨日の夜から何も食べてないので腹がへってしゃーない。
だんだん、足の感覚が戻ってくる、尿管がついているので、トイレはいかんでもいいみたい。
でも、感覚なしに出てるのも変な感じ。動くとこれがまた、痛いのである。
T字帯は初めてしたが、変な感じ、涼しいが!?横からは無防備!?
点滴は明日もあるとのことで、抜かずにそのままにしてもらった。
でもこれはこれで痛いのであった。

6時頃、父が見舞いに来た。父が来るとはめずらしい・・・・
故姉が進行性の早いスキルス癌で2年前入院した時でさえ、一度も病院に行かなかった父である。
故姉と折り合いが悪かったこともあったが・・・結局臨終にも来なかった。
でも、葬式の時、泣くことのない父の目に涙があったのを私は覚えている。
父は4年前、この病院で喉頭癌で喉頭全摘出手術をしている、声帯を失った、だから声は出ない。
でも、懸命のリハビリで呼吸法を使って器用に声ににた声をだす。

「おい、どないや」
「5ヶ所も切られたから、痛いわ・・・」
「麻酔まだ効いているのか」
「もう切れて、足の感覚あるよ」
「そうか、ほな帰るわ」
やっぱり、息子のことは心配なんやな。。
その夜は腰が痛くて眠れなかった、1時間ごとに目が覚めた。
睡眠薬をもらえばよかった・・・・

8月11日(土)
夕べはほとんど眠れず、5時からずっと起きていた。
6時には看護婦が来て、体温、血圧の測定。7時の朝食は看護婦が持ってきてくれた。
味気のない食パン2枚と牛乳、少し遅れてハニーがきてサンドウィッチの差し入れ。
9時頃、今になって前日の浣腸、下剤が効いてきたのかトイレ(大きい方)に行きたくなる。
でも、尿管はついたままだし、これをぶらさげていくのはちょっとねえ・・・・
迷ったが、ナースコール!
「あのお、トイレにいきたいのですが・・・」
「すぐいきまーす」
「もうおしっこの管抜きましょうか?」
「・・・・・ええ(痛そうだ)・・・・」
例によってカーテンを閉めて、T字帯だからすぐに処置ができる!?
もう恥ずかしいなんて気持ちはない。
「失礼しますよ、ちょっと、変な感じになるけど、がまんしてね」
「うん・・・・・(汗)」
痛くはなかった、あつーいものがこみあげてくる感じだった。
トイレに行くために手術後はじめて立った。
右足の傷口に痛みが走った。。トイレに行ったが出なかった・・・それよりおしっこをするときに、管を差していた関係で、尿道が痛い。
「うっ・・・・」思わず声が出る。。変な話、出始めと最後がたまらなく痛い・・・でも管がとれてよかった、ベットで横向きにもなれる、腰も楽になる。
午後から、相部屋の患者さんたち3人はみな一時帰宅で帰っていった。
兄家族が見舞いに来てくれた。夏休みで青森から今日帰ったらしい。
夕方、ナースセンター処置室で傷口の消毒。
もともと、皮膚が弱いので、包帯かぶれがひどい、かゆい・・・
看護婦にオイラックスを塗ってもらう。
その日の夜は病室に私ひとりだけ、12時ごろまでテレビを見てた。
外はうだるような暑さで熱帯夜だったが、病室は空調が効いて快適だった。
しかし、私が入室した部屋のメンバーの病気は想像だにしなかった・・・・

つづく

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posted by こやまっち at 22:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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