2013年06月21日

下肢静脈瘤手術記 カルテⅢ 退院

8月12日(日)
点滴は昨日で終了、今日から飲み薬になる。点滴の針も抜いてもらって、やっと、すっきりした。食事も歩いて取りに行けるようになった。
病室で食べるのは味気ないので、できるだけデイルームとよばれる景色のいいところで食べることにした。
朝はハニーが、昼は次男が食事の世話に来てくれることになった。午後から、みわっちが見舞いに来てくれた。
入れ替わりに走ルネ!のメンバーが猛練習!?の後に来てくれた。幹事長、たこらん、プラネックス、ブラック!例によって、ブラックのマシンガンマウス、わいわいガヤガヤと1時間。。
皆の顔を見るとほっとした気分に・・・
夕方までぐっすりと昼寝、この時間帯が一番よく寝れる。
夜は長いが・・・時々トイレに行くが、そのたびに尿道に痛みが走る。
おつうじは快調!?になった。
入院経験の豊富な!?プラネックスさんに聞いたら、2~3日は痛いよとのこと。
ネットで知り合った詩人の津森宇砂さんの詩集「冷たくて優しいもの」を読む。心を癒してくれる一冊だ。

8月14日(火)
足の方は包帯で強く巻いてあり、傷口の周辺が軽い炎症で固くなってきて、立つととても痛い、でも順調に回復してきた。
担当医から16日にまず股の付け根を抜糸し、あとの4箇所は21日にするとのこと。
退院も16日抜糸後ならいつでもいいので決めてください。
入院生活も十分満喫したので16日に決めた。
ハニーは「家帰ってきても暑いし、ここ(病院)は快適だし、ゆっくりしたら?」というがそんなわけにもいかない。

新しくHさん(72歳)が入院してこられた。
私の病室は私以外(3人)皆、癌患者であった。しかもみな再発組。。
Hさんとあいさつをかわしたあと、聞いてみた。
「どないしはったの?」
「2年前、胃がんで全部切って退院して、その後抗がん剤打ってたけど副作用がきつくて、やめたんや・・・そしたら、最近左上腕と胸に大きなしこりが出てきて調べてもろたら、悪性やいわれてなあ・・・がっくりや・・・」
実際に触らせてもらった。たしかに大きな肉腫・・・
「また、手術?」
「いや、抗がん剤か、手術か、これから決めるんや、家族に先に説明するらしいからあんまりようないんとちゃうかなあ」といって元気がない。。
そこへ同室の部屋長格のKさんが「Hさん、考えてもあきまへんで、なるようにしか、ならんで、気長にせんと・・・そんなん、まだちょろい方でっせ、私の見てみなはれ」と言って、パジャマを脱いだ・・・・
なんと・・・・・お腹に大きな’人’という文字(手術痕)、両脇、下腹2箇所にも・・・私は言葉がでなかった・・・・・
本人によると、まず、大腸癌の手術、そして肝臓へ転移、切れないのでお腹の動脈から直接抗がん剤治療ずっと管を注入していたらしい、さらに悪くなって、肝臓1/3切除、その後両肺へ転移、通常は両肺同時に手術はしないが、本人の希望で両肺ともに切除・・・
さすがに顔色は悪いが、明るくて、こえが大きい。
この部屋のムードメーカーである。
これを聞いたHさん「わしもがんばるわ」
この夕方、Hさん家族が来て、治療方針について家族会議をされてた。
長時間・・・Hさんが声を荒げる場面もあった。
親族の人間関係も複雑なようであった。
私は外科治療だから、日に日によくなるのがわかるが、癌患者、特に末期癌、再発者の方は、心が晴れない日を悶々と過ごすのである。
私だけ場違いな病室へ来た気分であった。。

8月16日(木)
退院の日がやってきた。いつものように9Fの通称デイルームで朝食をとる。
味気ない食パンも今日が最後だ。。
10時、副部長から「小山さん、処置室へ来てください」とコールが入る。
股の付け根のところだけの抜糸。。パチン、パチン・・・痛くないがやっぱりひいてしまう。
「あと4箇所の抜糸は来週外来でやりましょう、シャワーならいいですよ」
「どうもありがとうございました」956号室へ帰り、着替えて帰り仕度、ほどなくハニーが来た。
婦長が来て精算に時間がかかるとのこと。
11時30分、用意ができたとのこと。私の負担は約5万円だった。
同室のK部屋長!?、Hさんにあいさつ。「がんばってくださいね!!」
私の退院と同時に、くしくもHさんの抗癌剤投与がはじまった・・・・・・

外は久しぶり、眩しくてクラクラする!
「何が食べたい?」
「ステーキがたべたいなあ」
「退院祝におごってあげる!」
「よっしゃ行こう!!」
空を見上げると、夏の風物詩、入道雲がにょきにょきと立ち込めていた。今日も暑くなりそうだ・・・・・・



以後再発はありません。
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2013年06月20日

下肢静脈瘤手術記 カルテⅡ 手術

8月10日(金)
睡眠薬のおかげでよく眠れた、でも下剤は効いてないようだ。
10時「小山さん、お通じあった?」
「ないんです」
「浣腸しましょうか?」
「え・・・しないとあかんの?」
「手術前は皆するんですよ、術中にでたら困るでしょ」
「はあ・・・・」
子供に帰った気分でお尻を突き出して、気持ち悪いー・・・・ 
「できるだけ我慢してからトイレに行ってね」
「30分ぐらい、我慢したらいいんですか?」
「我慢できないと思いますよ」
そしたら何と1分もしない間に、強烈な気分に・・・・せめてカップヌードルぐらいは我慢せんと・・・ 
5分我慢して、駆け込んだ・・・・・
が浣腸液だけ出て、本体はでんかった。

12時50分、「小山さん、いきましょうか!」
「はーい・・」
看護婦のMさんが呼びに来た、いよいよだ。。
T字帯とバスタオルをもってナースステーションへ行く。
「歩いていきましょうか!」ベットに乗っていくと思ってたので、肩すかし・・
専用の直通エレベーターで、2階中央手術部へ、入り口でハニーと母と別れる。
「がんばってねー」
「あいよ」
大病院なのででかい。中で手術着(あの緑のやつ)とネット帽子を渡される。
下着は全部とって手術着を着る、ストレッチャーに乗る、M看護婦とここでお別れ
「待ってますからね」
手術室は8部屋はある、Hという手術室へ、女性スタッフ3人がお出迎え!?
執刀医に会釈、副部長と二人でやるらしい。手術台に乗り換え、手術着を胸までずらされる。
手際よく、心電図、脈拍等計器がとりつけられる。右手の甲に点滴の針、これが一番痛かったかな!?
失敗して付け直し、おいおい、頼むでー・・
「えびの体勢になってくれますか」
「こうですか・・」
ここで副部長「小山さん、いよいよ手術って感じでしょ」
「テレビドラマみたいっすね、でももうあきらめてます」
麻酔の麻酔が背中に数箇所打たれる、これは痛くない。
そして、麻酔液が脊椎に注入された、にゅるっと鈍痛が走る。
次の瞬間、腰があたたくなり、足先が温かくなって、しびれてきた。
1分後には胸から下が動かなくなった。
失礼な言い方だが、下半身不随になるとこうなるのかなと思った。
スタッフが脱脂綿を胸とおなかにあてて、感じるか(冷たいか)どうか確認する。
「先生OKです」
「おしっこの管挿しますよ」
痛そうだが、もう感じない。胸から下は隠され、緑色の布が置かれていく。
とたんに気分が悪くなってきた。
「麻酔で血圧が下がっているので、薬を投与しますから、大丈夫ですよ」
常に一人私の近くに居る。終始意識があるのは変な感じ、気が付くとBGMがなっていた。。
口には酸素吸入器があてられた、らしくなってきた・・・ 
もう切開は始まっているのだが、何も感じない。
「気分はどうですか」
「だいぶ、よくなりました、手術室って音楽鳴ってるんですね」
手のしびれは回復したので、脇腹を触ってみた、まるでゴム人間、感覚がない!?
私の視線は、真上のでかい照明を見るか、横の心電図、脈拍を見るしかないようだ。
血圧はしょっちゅう測っている。どれだけ時間がたったのだろうか、さっぱりわからない。

突然、副部長が「小山さん、もう一ヶ所だけ、切りたいんだけどいいかなー?1センチぐらい」
おいおい、そんなこと術中に言われても、返事のしようがないじゃないか・・・・・
「もう、やっといてください」
「わかりましたー」
それから30分ほどして「小山さん、もう終わるからね」といってからも終わる気配なし!?
30分ぐらいして、「終わりましたよ」とスタッフが耳元で。
胸に置かれたものはすべて外され、足は包帯でグリグル巻きに、点滴と尿管は入ってるみたいだ。
手術台からストレッチャーに移動、電動式で動かなくてもよくなっている。
入り口でM看護婦がお迎えに「小山さん、がんばりましたね、お疲れさま」
病室のベットに乗り換え、これも自動式。
横には次の手術なのか、小学生低学年の女の子がしきりに泣いていた。。
手術室を出ると、ハニー、子供3人、母がいた。
「今何時?」
「3時40分」
「えー、2時間30分も入ってたんか!?」

病室へ戻る、昨日の夜から何も食べてないので腹がへってしゃーない。
だんだん、足の感覚が戻ってくる、尿管がついているので、トイレはいかんでもいいみたい。
でも、感覚なしに出てるのも変な感じ。動くとこれがまた、痛いのである。
T字帯は初めてしたが、変な感じ、涼しいが!?横からは無防備!?
点滴は明日もあるとのことで、抜かずにそのままにしてもらった。
でもこれはこれで痛いのであった。

6時頃、父が見舞いに来た。父が来るとはめずらしい・・・・
故姉が進行性の早いスキルス癌で2年前入院した時でさえ、一度も病院に行かなかった父である。
故姉と折り合いが悪かったこともあったが・・・結局臨終にも来なかった。
でも、葬式の時、泣くことのない父の目に涙があったのを私は覚えている。
父は4年前、この病院で喉頭癌で喉頭全摘出手術をしている、声帯を失った、だから声は出ない。
でも、懸命のリハビリで呼吸法を使って器用に声ににた声をだす。

「おい、どないや」
「5ヶ所も切られたから、痛いわ・・・」
「麻酔まだ効いているのか」
「もう切れて、足の感覚あるよ」
「そうか、ほな帰るわ」
やっぱり、息子のことは心配なんやな。。
その夜は腰が痛くて眠れなかった、1時間ごとに目が覚めた。
睡眠薬をもらえばよかった・・・・

8月11日(土)
夕べはほとんど眠れず、5時からずっと起きていた。
6時には看護婦が来て、体温、血圧の測定。7時の朝食は看護婦が持ってきてくれた。
味気のない食パン2枚と牛乳、少し遅れてハニーがきてサンドウィッチの差し入れ。
9時頃、今になって前日の浣腸、下剤が効いてきたのかトイレ(大きい方)に行きたくなる。
でも、尿管はついたままだし、これをぶらさげていくのはちょっとねえ・・・・
迷ったが、ナースコール!
「あのお、トイレにいきたいのですが・・・」
「すぐいきまーす」
「もうおしっこの管抜きましょうか?」
「・・・・・ええ(痛そうだ)・・・・」
例によってカーテンを閉めて、T字帯だからすぐに処置ができる!?
もう恥ずかしいなんて気持ちはない。
「失礼しますよ、ちょっと、変な感じになるけど、がまんしてね」
「うん・・・・・(汗)」
痛くはなかった、あつーいものがこみあげてくる感じだった。
トイレに行くために手術後はじめて立った。
右足の傷口に痛みが走った。。トイレに行ったが出なかった・・・それよりおしっこをするときに、管を差していた関係で、尿道が痛い。
「うっ・・・・」思わず声が出る。。変な話、出始めと最後がたまらなく痛い・・・でも管がとれてよかった、ベットで横向きにもなれる、腰も楽になる。
午後から、相部屋の患者さんたち3人はみな一時帰宅で帰っていった。
兄家族が見舞いに来てくれた。夏休みで青森から今日帰ったらしい。
夕方、ナースセンター処置室で傷口の消毒。
もともと、皮膚が弱いので、包帯かぶれがひどい、かゆい・・・
看護婦にオイラックスを塗ってもらう。
その日の夜は病室に私ひとりだけ、12時ごろまでテレビを見てた。
外はうだるような暑さで熱帯夜だったが、病室は空調が効いて快適だった。
しかし、私が入室した部屋のメンバーの病気は想像だにしなかった・・・・

つづく

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posted by こやまっち at 22:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

下肢静脈瘤手術記 カルテⅠ

30歳を過ぎた頃から右足に違和感があった。
どうも血管が浮き出てきている感じで、だるかった。
40歳で転職した頃にはだんだんひどくなってきて、夜中足がこむら返りを起こすようになった。
足の血管は蛇行して醜くなってきていた。

関西労災病院で診察してもらうと下肢静脈瘤と診断された、中年の女性に多いらしい。
①治療法は圧迫ストッキングをはいて緩和する
②手術して血管を結索してしまう
手術はほぼ根本治療になります、中には再発する方も稀におられるとか、あと手術のストレスと向き合わなければならない。
はじめは①で試したがもともと皮膚が弱いため、かぶれてどうしようもなかった。
結局、将来を考えて手術を受けることになった。

●下肢静脈瘤(VARIX)の症状
1)だるい・重い・疲れやすい
2)痛み
3)ふくらはぎや足がつる(就寝中のけいれん)
4)むくみ
5)熱感

下肢静脈瘤の合併症
1)皮膚炎・しっしん  足首のまわりや静脈瘤の周囲に起こしやすくなります。
2)色素沈着      足首を中心に、静脈瘤から血液成分がにじみでて茶褐色
            や黒褐色の色素沈着となります。  
3)皮膚の萎縮     皮膚に十分な酸素や栄養素が行きわたらないため栄養障害を
            起こします。そのため皮膚は薄く弱くなります。
4)かゆみ
5)下腿潰瘍      栄養障害により皮膚が薄く弱くなっているため、ちょっとし       
            た事でも傷ができやすく治りにくいため潰瘍化してきます。
            血液循環が悪いので早めに治療しないと悪化します。
            下肢潰瘍はとても難治性が高い病気なので適切な治療が必要
            です。
6)出血        静脈瘤が破れると出血します。局所的な色素沈着や潰瘍から
            突然大出血を起こすこともまれに認められています。
7)蜂窩織炎      血液循環の悪さは感染の抵抗さえなくしてしまいます。
            脚が痛み、赤くパンパンに腫れ上がり高熱がでます。治療が           
            遅れると、細菌が血液に入り込み「敗血症」という非常に危険
            な状態になることがあります。

平成13年8月9日(木)9:00
関西労災病院形成外科受付へ入院手続き
9:30 今日の入院組4名が呼ばれ、病棟へ案内される
9階北病棟956号室、婦長とあいさつ、担当の看護婦の紹介、Mさん優しい人でよかった。
午後から検査があるとのこと、午前中はベッドでゆっくり過ごすことに・・・
「あー、こんな時間過ごすの生れて初めてだ・・・・」
午後から麻酔科の説明に行く、下半身麻酔での手術になるので、正直不安、みんながさんざん痛いぞーと脅かしてくれたので、ちゃんと聞いとこう。
麻酔科部長の説明「下半身麻酔ですから、脊椎に麻酔液を投与します、心配はいりませんよ」
「麻酔痛いって、よく聞くのですが、どうなんでしょう」
「痛くないよ、麻酔の前に事前の麻酔も打つから、昔は直接針が触れて痛いこともあったようだが、今はそんなことはないよ」
麻酔説明及び同意書にサインした。続いて担当医から明日の手術の説明を聞きに、1階外来へ。
ふとももをゴムで縛って、血管を浮き上がらせる。静脈が一番蛇行しているところを確認し、切開予定箇所にマーカーを入れていく。まずは股の付け根、ここは初めに切開して静脈をクリップするらしい。
太ももの裏、ふくらはぎ、むこうずねと4箇所に決定。傷は残るとのこと、女性だとここまで切らないらしい。
手術は明日13時からで、2時間ぐらいとのこと。手術説明・同意書にサイン。先日実施した心電図に疑わしいところがあるので、再検査のため、内科へ行って欲しいと。心電図を撮り、心臓エコー検査、心配ないとのこと。
※しかし、この時の心電図にすでに狭心症の疑いがあったのだと思う。この半年後に発症したのだから・・・

病室へ帰るともう5時だ、10階に展望風呂があるのだが、4時までなので入れない、残念。。
看護婦Mさんがきて、毛剃りをしますとのこと。右足の全部と、シークレットゾーンの右側だけとのこと。
恥ずかしいなあと思いながらもこればっかりはしゃーない。ベットのカーテンを締め切って、シェービング用のフォームを泡立てる、さすが慣れたもんだ。いきなり、下着ごとずらされた。
「あらら・・・・」と思いきや、もうまな板のタコ!?じゃない、鯉。。ツルツルテンになってしまった。。「シャワー浴びておいてくださいね」
「はーい」睡眠薬と下剤を渡される、寝る前に服用とのこと。夕食をすませて、明日に備えて、9時に睡眠薬と下剤を飲む。睡眠薬なんて生れてはじめて飲むぞー・・・やっぱり不安で眠れない人のためか?目を閉じたら、すぐに眠ってしまった。

左が手術前のボコボコの足、右が手術後2週間抜糸後、手術痕はあるもののきれいになった。

グラフィックス3.jpg グラフィックス4.jpg

続く
posted by こやまっち at 23:36| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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